ナリタトップロードの死と時代

1999年の菊花賞馬、ナリタトップロードが七日の早朝に死亡した。雨で力を出し切れなかった皐月賞、あと一歩のところで武豊に屈したダービー、四角で先頭に躍り出た菊花賞、僕が競馬に一番熱中していた時期でもあり、今でも鮮明に憶えている。

競馬のサイクルは早い。馬の寿命は人間の1/4程度だろう。だから競馬を見続けていると、人間世界に普通に生きているよりも頻繁に死に遭遇する。僕にとって最初の馬の死は1995年宝塚記念ライスシャワーだった。競馬を見始めた頃に応援していた馬が予後不良になったことは酷くショックだった。次に衝撃的な死が訪れたのは1998年秋の天皇賞サイレンススズカ。レース前は負ける可能性が見つけられなかったレースだったが、現実は無残なものだった。

ナリタトップロードの死は上記の二つと違ってレース中の死ではないが、僕が思い入れを持って見ていた馬が種牡馬になって初めての死だ。まだ9歳。あまりにも早く思える。自分がデビュー当時から見ていて種牡馬になった馬がもう死んでしまったのだ。なんという月日の流れ。

競馬が人生の縮図であるかどうかはともかく、少なくとも僕は競馬に人生を投影して見ている。速回しの歓喜と悲哀がそこにはあって、多分だからギャンブル抜きでも競馬が好きなのだと思う。

とりあえず今はトップロードの「能力」を受け継ぐ産駒がクラシックを制覇することを願うだけである。