殊能将之『キマイラの新しい城』(ISBN:4061823914)

久しぶりに遅起きした後、二時間ほどで読了。面白い。相変わらず一筋縄ではいかないところを見せてもらいました。読後感も重くなく、エンターテイメントとしては今年僕が読んだ中でナンバー1かと。帯の惹句「この話を書けるのは殊能将之の他にいない!」というのもまったく過大広告ではないと思います。

全編を通して色々な小ネタも仕込まれているし、僕は読んではいないんですが、マイケル・ムアコック「Erlic at the end of time」を多分に意識したとおぼしき描写も面白い。また最近十字軍関連の本を何冊か読んでいたということもあり、その点についてもなかなか興味深いところがある。トリックはまあ、いずれも驚天動地のものではないですが、ひねった仕上がりになっています。『黒い仏』よりはエキセントリックではないけど、基本的には同系列で、このくらいのバランスが僕にとっては絶妙に感じられます。

ひとつだけ気になったのは、p.41で「エジプトは黒かった」と表現していることだ。僕の印象ではエジプトは黒くなんかない。どちらかというと白い。あるいは赤い。ああいう荒野というのは白くは見えないと思う。アラビア語で「黒」を表す「サワード」は緑の多い場所を示す言葉としても使われている。もしかしたら十字軍の騎士が「エジプトは黒かった」という言葉を残している、つまりそういう史料があるのかもしれないが、そうならば出典が知りたいところである。

追記:

にしても石動と助手のアントニオの関係が興味深いなぁ。なんか麻耶の木更津と香月の関係みたい。これはその内、この関係を使ってとんでもないことをするかもという予想。やるとして殊能はどう料理するのかな。(http://d.hatena.ne.jp/kiseu/20040810より)

この指摘はなかなかに鋭いと思いました。石動とアントニオの間には、木更津と香月の間にあるような密着感がなくて、お互いなんとなく一緒にいるけど全然別のことを考えてそうなところが面白いところでしょうか。まあこれは殊能将之が「真相」を現実外に求めるからでしょうけど。

非現実に関して言えば、西澤保彦の場合は、非現実と現実が最初にはっきりとルールとして規定されるのですが、殊能将之はそこのところを曖昧にしたまま進んでいくので、批判もでるでしょうが独特の味わいにつながっていると思います。

追記2:

マイケル・ムアコックの「エターナル・チャンピオン」シリーズのオマージュであることにはもちろん気付いていたけど、http://d.hatena.ne.jp/GARGILL/20040812を見るまで細かいところに気付いてなかった。「パン・タン」とか、どこかで聞いたことあるなあ、とは思っていたのだけれど・・・。中学・高校でかなり読み込んだシリーズだけにちょっと悔しい。もう一度そういう角度から読み直すとします。